好きなら他人にしっかり正しく説明できるくらい詳しいとかいうのは幻想
どうやら僕は、耳鼻科にもいかなければならないのだという現実をそこに見る。
どうしてだ。
僕は今まで、そこそこ不具合を持つ精神とか家庭事情のほかにはなにも問題なんてなかったはずなのに、気付けば幻聴が聞こえ、セルライトもできている。
(ちなみに、セルライトは腕だけじゃなくていろんなとこにできるぞ!)
マジで!?
(所謂ふとももとかね! 逆に何故腕だけと思っていたのかが謎だぞ!)
そんなことだれも教えてくれなかったじゃん!
小学校の先生だって中学校の先生だって、高校の先生だって教えてくれてないぞ! どういうことだ! 訴訟。
そうだ、裁判しよう。
司法の手に全てをゆだねるのだ。セルライト裁判だ。ずいぶん油臭い裁判になりそうだぜ。ふふ、怖い。
(負けるぞ! だから筋肉をつけよう!)
いや、負けるからじゃなくてそこはセルライトを落とすためにとかにしてよ。キャラがぶれ……てはいないのか、ある意味。幻聴のキャラって何? って話だけども。
(雑談好きでダイエット好きな教師とかだと話しそうだけどね!)
残念ながら両方を兼ね備えたハイブリット教師は僕の遭遇してきた歴代の並びにはいないのだ……それはね、夢、だったんだよ……無言ですごく緊張感を強制する教師ならいたんだけどな。むしろ、あの教師の口からセルライトって単語がでてきたらそれだけで爆笑を狙えると思う。残念だ。神はユーモアをあるべきところに置いてくれない。神! おさぼり遊ばされているのですか!
(多分神様もそこまで暇じゃねぇよ)
あ、雑ぅ。いきなり反応雑ぅ。そんで、いとも簡単に行われるキャラ崩壊。
守って。せめてなんか暑苦しい感じのキャラだけでも守ってて。急に気安く話しかける知り合いのポジションまでアップしないでよね。君と僕の距離はいまだに深海魚と森のくまさんくらいかけ離れているものだから。
あ、パーソナルスペースに侵入しないでくださーいってレベルよ。結界よ。消滅せよ悪霊よ。
つまり住み分けて深海に帰れよってことなんだけど、こういう時にはお返事が返ってこないよね、僕知ってる。
「うん。現実逃避したくなる気分はわからなくもないのだけど、先生の話を聞いてほしいなぁ」
代わりという訳でもないのだろうが、目の前でおっさんがしゃべっている。
ドクターっぽい恰好しやがって。ここが病院じゃなかったらコスプレだからなお前。
ここ病院だし、間違いなく医者だから問題ないけどね。僕は負けを認めない。
「ワンモアプリーズ」
「唐突な英語」
「いいから……いいから……!」
「ああうん……君凄い必死だよねぇ……ええっと、だからね、君には筋肉妖精がついているって事なんだよ」
「オォゥ! マッソーフェアリィー?」
「無駄に流暢」
ダメだ。どいつもこいつもいかれてやがる。
幻聴が聞こえる俺。
患者にいきなり筋肉妖精とか言い出す医者。
どちらがより狂っているかといえば、どちらも第三者からみればヤバいの一言でしかない。しかし、社会的により深刻なのは妖精がどうとか真面目な顔してほざく医者。間違いない。
「まるでカラスのコスプレをしてゴミをあさる人かなにかを見ているような目で見るのはやめてほしいなぁ」
「見られても仕方ない事割といってるから許される」
「そんな馬鹿な」
「馬鹿はキサマだぁ!」
「はーい、落ち着いてくださいねー」
「はい」
目がマジな医者の注意、実際怖い。そりゃ、気の弱い僕ははいはい従うしかないのだ。圧制者はいつだって僕みたいな弱者を押しつぶすんだ……
場を和ます冗談で会ってほしいところだったが、筋肉妖精という単語はマジでいってるらしい。
一部界隈では有名で、最近正式に認められた存在らしい。
マジかよ世界狂ってた。
僕が知らないうちに世界が愉快な方向に狂ってたよ。
(筋肉は全てに優先される)
うるせぇ。何かに忠誠が高い人間みたいな発言するな。
幻聴……妖精……妖精……?
筋肉の?
「筋肉の?」
「うん、筋肉の。いやまぁ、正式な名称はあるんだけど、通称はわかりやすいよねってことで筋肉妖精って言われてるよ」
「何故僕に? いやがらせですか? クーリングオフは?」
「残念ながら今のところ返却制度はないみたいなんだよねぇ。めったにないらしいけど飽きるまで待つとか? ええっと、筋肉妖精だから……ものすごくうるさく、鬱陶しくなるらしいけど、君なら――過剰に太る、とかしてそれを維持し続けるとどっかいくかも?」
「かもレベルなのに凄いリスク感」
「いやまぁ、わかってないこと多すぎるし、研究者も匙投げてるところがあるらしいし……私もどうでもいいしなぁ」
「え? 今医者にあるまじき発言しました? 録音か? お? 録音すっぞ? お?」
(ちなみに太ってもどこかに行く予定はない)
ないのか。
リスクが回避できたぜ! 無駄な行動をせずに済んだね!
ってなるかボケ! 消えろ……消えろや!
これからの人生を低音ボイスの筋肉おすすめ声と共に過ごすなんて僕は嫌だ!
片時も離れないサービスならもっとこう、ほら、なんかあるでしょ! 物語とか的に考えて、何か別の感じの奴あるでしょ!
誰得の組み合わせなの? もうちょっと考えようよ。小学生でももっと頑張るよ。最近の小学生は馬鹿にしたもんじゃないんだから、僕より頭全然いい説あるから。
何に発展するの。何の物語に発展するっていうのコレ? むしろ、僕自身に物語が発生したってこれがいたら全部台無しですらあるでしょ! 例えば告白シーンとか思い浮かべてみろ。そこには感動も緊張感もないし、振られても絶望感よりギャグシーンの一部にしかならない感あるでしょ! 真面目なシーンの全てが僕の周囲にマッスルらしい妖精がお供についてりゃそりゃ台無しだ! プライベートがあるでしょ! 僕にもプライベートってものがあるのですよ。
じゃあ物語として、発展ハッテン試して挑戦! でもしろって? そっちの趣味はないし、目覚める予定も可能性のかけらもないんだよ僕には。僕は割と同性の筋肉好きだけど、その筋肉すげーって思う気持ちはもっと純粋にだよ。子供がロボっと見てすげーって思うのと一緒だよ。なんでもかんでもそっちに持っていくなよ! ちくしょう!
「あ、後ね、筋肉妖精は大体筋肉をつけることをオススメしてくるんだけど、結構知識適当だから気を付けようね」
「頭から足の先まで迷惑な存在でしかない! ヤダー!」
「いやぁ、ほら、でも筋肉をつける才能がある人のところにくる……って話もあるし」
「ボソって追加したろ! 最後ボソってわかりにくい小声で追加したろ! 医者! いしゃぁ!」
「いや、専門じゃないので」
「わぁい、たらいまわし! 患者の心配もっとして、お医者でしょ!」
大体、筋肉の才能ってなんだよ。しかも説止まり。
僕はいったいどうしたらいいのだろう。
筋肉をつけなくとも地獄、つけようとしても地獄という事なのではないだろうか。
なんて理不尽。
許可もしてないのに常についてくるってストーカーじゃないですか。警察屋さんは早く取り締まって、仕事でしょ。
「そうか、警察に」
「いやー、最近開発された馬鹿みたいに高い装置がないと、妖精はついてる人かなんかその辺の素質ある人しか見えないから無理でしょ」
「僕にも見えないんですけど」
「え?」
「え?」