全部の声が聞こえたら、共生はきっとできない
現実も世界も医者も助けてはくれないのだと、宵闇に頭からがぶりと嚙みつかれたかのような心持で沈み込んでいる。
テンションという助けがなければ、僕はどうしたって暗闇の更にできる影の一部でしかないのだ。
一度エネルギーが切れてしまえば、再点火しても手遅れな状態まで落下していく構造物。
火力がないし、気力もない。
性格もよくないし、頭もよくないのだ。
どうしようもない袋小路。
人生の迷い子。
迷える子羊でしかない。いや、僕は特別なんらかを信仰しているわけではありません。あえていえばなんかスパゲッティっぽいやつです。ラーメン。
だから勧誘さんはしつこくチャイムを鳴らす行動を一刻も早くやめるように。汝、チャイムならすことなかれ。
ああいうのってなんでしつこくならしてくるんだろう?
相手にストレスかかるってわからないんだろうか。少なくとも僕にとって、君が信仰している教義に『人様に迷惑をかけてはいけません』ってのがなかったら聞く価値はないのだ。その行為が迷惑だと少しも感じてないならそもそも人格的に話が合わないので聞く必要はないし、一度ならして出てこないなら留守か出る気がないと察する能力もない人とコミュニケーションがまともにとれるとも思わないのだ。
つまり、しつこくチャイムを鳴らすのは単なる迷惑でしかない。
(筋肉を鍛えればそれも解決できるのに……)
この幻聴と同じように。
人の話を聞かない。人の状況を慮ることをしない人間が『いいぞ!』と進めてくるのを真剣に聞きたいと思うだろうか。聞いてくるものに問いたい。それってノルマですよね? いや、否定しても数、カウントとかしてるんですよね? この地区は誰担当でどれだか回ったかって、そういうことでやってますよね? のわりに情報共有はできてなくて同じものを説明しにきたりもしますよね、セールスかよ! 断って一方的に喋ってくるセールストークで誰が『それいいですねぇ!』ってなると思ってんだよ本気でいいと考えてたらそういうことするわけないだろ! その文言は魔法か何かか! 人の表情とか間とか見て察せ。察したうえでやるならそれはもうただの嫌がらせでなく、むしろその説明しているもの自体を貶める行為でしかないから即刻辞めろ。あと明確に断ってるのにポスティングするのは怒りを増長する行為でしかないと理解しろ。そういうのは最低限話を聞いてなく留守状態という前提の下で行え。この野郎! ちくしょうこの野郎! なんだこのチラシみたいなの! どうしろってんだよいらねぇよ!
…………。
よし! 深呼吸しよう。
ダメだ。気分が落ち込むと闇があふれてくる。あまり文章にしない方がいい闇が次から次に電波を受信するようにあふれてきてしまうのだ。
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
等というフレーズを、なぜか考えないといけない気がしてくる。
(だから筋肉を鍛えようってことだね!)
違うけど。
というかナチュラルにされすぎてて今まで気付かなかったけど、心、読んでますよね。
あなた、幻聴じゃなくて妖精っていう生命体? ……生命かどうかはしらないけど、存在? なのに、僕の心からいずるものでないのに、心、明らかに読んでいらっしゃいますよね?
僕の心のファイアーウォールはどこにおでかけしているの?
(水に流れたのでは?)
火だけに。
ってうるせぇよ。
(まぁあれですよ。心を読んでるのではなく、筋肉の心を理解しているのです)
えぇー。余計わからなくなったー。
それ心を読んでるのとどう違うんですかね問題でしょ。大体、あんまり詳しくもないって医者さんがいってたぞ。
(読めるもんは読めるし、筋肉は筋肉なんだよ!)
マジいきなり雑になる癖やめて。
あと筋肉に謝れよ。いや、筋肉にあやまれってなんだよ。違うわ。
筋肉を鍛えてる人全般に謝れよお前。悪いイメージしかないわ。筋肉自体はいいものでもお前のせいでイメージ落ちかねないわ。僕以外に聞こえてないとしてもよ。というか、妖精は見えるもんらしいけど。お前なんなの? 妖精じゃなくてやっぱり幻聴か。
(妖精だよぅ~)
気持ち悪い。
かわいこぶるな。
気持ち悪い。
(季語がないぞ!)
俳句読んでるわけじゃねぇよ!
ああああ、こいつもうやだ。無視したいけど、無視したら声の距離近くなってなおさら気持ち悪くなるって、それもう経験から知ってるからどうしようもねぇ!
(姿が見えないのはね、君の筋肉のステージが低いからさ!)
なんでも筋肉で解決できる思考ヤメロや。筋肉はかっこよくとも見えないものをみる効果なんぞないわ。
(あるといったら……どうする……?)
深刻に今まで知らなかったことを打ち明ける感出すな。
そういう場面でもないし、実際見えたとしてもそれは筋肉とは違う別の何かによる影響だよ。
(チッ!)
ねぇ、お前の爽やかお兄さんみたいなキャラはいつからどこに緊急離脱しちゃったの?
あれはあれでうざかったけど、キャラ崩壊しすぎな今より全然ましだったんだけど。
(寄生主に合わせて変えていくスタイルだね! はは!)
寄生っていった!
いま寄生ってはっきりいったよこいつ!
好きなら他人にしっかり正しく説明できるくらい詳しいとかいうのは幻想
どうやら僕は、耳鼻科にもいかなければならないのだという現実をそこに見る。
どうしてだ。
僕は今まで、そこそこ不具合を持つ精神とか家庭事情のほかにはなにも問題なんてなかったはずなのに、気付けば幻聴が聞こえ、セルライトもできている。
(ちなみに、セルライトは腕だけじゃなくていろんなとこにできるぞ!)
マジで!?
(所謂ふとももとかね! 逆に何故腕だけと思っていたのかが謎だぞ!)
そんなことだれも教えてくれなかったじゃん!
小学校の先生だって中学校の先生だって、高校の先生だって教えてくれてないぞ! どういうことだ! 訴訟。
そうだ、裁判しよう。
司法の手に全てをゆだねるのだ。セルライト裁判だ。ずいぶん油臭い裁判になりそうだぜ。ふふ、怖い。
(負けるぞ! だから筋肉をつけよう!)
いや、負けるからじゃなくてそこはセルライトを落とすためにとかにしてよ。キャラがぶれ……てはいないのか、ある意味。幻聴のキャラって何? って話だけども。
(雑談好きでダイエット好きな教師とかだと話しそうだけどね!)
残念ながら両方を兼ね備えたハイブリット教師は僕の遭遇してきた歴代の並びにはいないのだ……それはね、夢、だったんだよ……無言ですごく緊張感を強制する教師ならいたんだけどな。むしろ、あの教師の口からセルライトって単語がでてきたらそれだけで爆笑を狙えると思う。残念だ。神はユーモアをあるべきところに置いてくれない。神! おさぼり遊ばされているのですか!
(多分神様もそこまで暇じゃねぇよ)
あ、雑ぅ。いきなり反応雑ぅ。そんで、いとも簡単に行われるキャラ崩壊。
守って。せめてなんか暑苦しい感じのキャラだけでも守ってて。急に気安く話しかける知り合いのポジションまでアップしないでよね。君と僕の距離はいまだに深海魚と森のくまさんくらいかけ離れているものだから。
あ、パーソナルスペースに侵入しないでくださーいってレベルよ。結界よ。消滅せよ悪霊よ。
つまり住み分けて深海に帰れよってことなんだけど、こういう時にはお返事が返ってこないよね、僕知ってる。
「うん。現実逃避したくなる気分はわからなくもないのだけど、先生の話を聞いてほしいなぁ」
代わりという訳でもないのだろうが、目の前でおっさんがしゃべっている。
ドクターっぽい恰好しやがって。ここが病院じゃなかったらコスプレだからなお前。
ここ病院だし、間違いなく医者だから問題ないけどね。僕は負けを認めない。
「ワンモアプリーズ」
「唐突な英語」
「いいから……いいから……!」
「ああうん……君凄い必死だよねぇ……ええっと、だからね、君には筋肉妖精がついているって事なんだよ」
「オォゥ! マッソーフェアリィー?」
「無駄に流暢」
ダメだ。どいつもこいつもいかれてやがる。
幻聴が聞こえる俺。
患者にいきなり筋肉妖精とか言い出す医者。
どちらがより狂っているかといえば、どちらも第三者からみればヤバいの一言でしかない。しかし、社会的により深刻なのは妖精がどうとか真面目な顔してほざく医者。間違いない。
「まるでカラスのコスプレをしてゴミをあさる人かなにかを見ているような目で見るのはやめてほしいなぁ」
「見られても仕方ない事割といってるから許される」
「そんな馬鹿な」
「馬鹿はキサマだぁ!」
「はーい、落ち着いてくださいねー」
「はい」
目がマジな医者の注意、実際怖い。そりゃ、気の弱い僕ははいはい従うしかないのだ。圧制者はいつだって僕みたいな弱者を押しつぶすんだ……
場を和ます冗談で会ってほしいところだったが、筋肉妖精という単語はマジでいってるらしい。
一部界隈では有名で、最近正式に認められた存在らしい。
マジかよ世界狂ってた。
僕が知らないうちに世界が愉快な方向に狂ってたよ。
(筋肉は全てに優先される)
うるせぇ。何かに忠誠が高い人間みたいな発言するな。
幻聴……妖精……妖精……?
筋肉の?
「筋肉の?」
「うん、筋肉の。いやまぁ、正式な名称はあるんだけど、通称はわかりやすいよねってことで筋肉妖精って言われてるよ」
「何故僕に? いやがらせですか? クーリングオフは?」
「残念ながら今のところ返却制度はないみたいなんだよねぇ。めったにないらしいけど飽きるまで待つとか? ええっと、筋肉妖精だから……ものすごくうるさく、鬱陶しくなるらしいけど、君なら――過剰に太る、とかしてそれを維持し続けるとどっかいくかも?」
「かもレベルなのに凄いリスク感」
「いやまぁ、わかってないこと多すぎるし、研究者も匙投げてるところがあるらしいし……私もどうでもいいしなぁ」
「え? 今医者にあるまじき発言しました? 録音か? お? 録音すっぞ? お?」
(ちなみに太ってもどこかに行く予定はない)
ないのか。
リスクが回避できたぜ! 無駄な行動をせずに済んだね!
ってなるかボケ! 消えろ……消えろや!
これからの人生を低音ボイスの筋肉おすすめ声と共に過ごすなんて僕は嫌だ!
片時も離れないサービスならもっとこう、ほら、なんかあるでしょ! 物語とか的に考えて、何か別の感じの奴あるでしょ!
誰得の組み合わせなの? もうちょっと考えようよ。小学生でももっと頑張るよ。最近の小学生は馬鹿にしたもんじゃないんだから、僕より頭全然いい説あるから。
何に発展するの。何の物語に発展するっていうのコレ? むしろ、僕自身に物語が発生したってこれがいたら全部台無しですらあるでしょ! 例えば告白シーンとか思い浮かべてみろ。そこには感動も緊張感もないし、振られても絶望感よりギャグシーンの一部にしかならない感あるでしょ! 真面目なシーンの全てが僕の周囲にマッスルらしい妖精がお供についてりゃそりゃ台無しだ! プライベートがあるでしょ! 僕にもプライベートってものがあるのですよ。
じゃあ物語として、発展ハッテン試して挑戦! でもしろって? そっちの趣味はないし、目覚める予定も可能性のかけらもないんだよ僕には。僕は割と同性の筋肉好きだけど、その筋肉すげーって思う気持ちはもっと純粋にだよ。子供がロボっと見てすげーって思うのと一緒だよ。なんでもかんでもそっちに持っていくなよ! ちくしょう!
「あ、後ね、筋肉妖精は大体筋肉をつけることをオススメしてくるんだけど、結構知識適当だから気を付けようね」
「頭から足の先まで迷惑な存在でしかない! ヤダー!」
「いやぁ、ほら、でも筋肉をつける才能がある人のところにくる……って話もあるし」
「ボソって追加したろ! 最後ボソってわかりにくい小声で追加したろ! 医者! いしゃぁ!」
「いや、専門じゃないので」
「わぁい、たらいまわし! 患者の心配もっとして、お医者でしょ!」
大体、筋肉の才能ってなんだよ。しかも説止まり。
僕はいったいどうしたらいいのだろう。
筋肉をつけなくとも地獄、つけようとしても地獄という事なのではないだろうか。
なんて理不尽。
許可もしてないのに常についてくるってストーカーじゃないですか。警察屋さんは早く取り締まって、仕事でしょ。
「そうか、警察に」
「いやー、最近開発された馬鹿みたいに高い装置がないと、妖精はついてる人かなんかその辺の素質ある人しか見えないから無理でしょ」
「僕にも見えないんですけど」
「え?」
「え?」
アンブッシュは紳士のたしなみ
とある日、前腕が気になって触れると、そこか凸凹する感覚をその指先が捉えた。捉えてしまった。
僕はその正体を知っていた。知ってしまっていたのだ。
頭の中でなんかロボっぽいものとかが戦っているイメージとか、じゅきゅーん、みたいなビームが撃たれるっぽい音とかが流れていく。涙も流れていく。
ツケだ。これはツケなのだ。
今までの運動不足と筋力不足のつけ。
それが、セルライトというキャッシュバックでサービスされただけの話なのだ。やったね! 万歳! 儲けた儲けた!
ファアアアアアアアアアアアアアク!
馬鹿かよ貴様ぁ! 儲けなくていいやつでしょ! トータルでマイナスでしょそのキャンペーンは!!!
と、頭の中では取り乱しつつ、無表情にセルライトをむにむにとしている僕がそこにはいた。
落ち込み期間からの幻聴ヤダヤダ! で、とにかく飯かと減った体重を戻そうと食ったのが悪かったのだろうか。でも食わないとだめっていうやん。それは不条理じゃおまへんか? と僕は苦情をいいたかった。誰かに苦情を言いたい気分だった。誰に言えばいいんだ。誰に向かって苦情をいえばセルライトは僕という巣穴から飛びだってくれますか? とびだすセルライト。スプラッタかな?
(リストカールとか……いいよね……いい……)
でも、お前は呼んでないのよ。悦に浸ってるところ悪いけど温暖化を感動的にでも止めて消え去るがいいよ。そうしたら、少しは感謝したくなるだろうさ。
次の日には聞こえなかったから病院に行かなかったのが悪かったのだろうか。僕のせいなのだろうか。これって僕が悪いのだろうか。認めたくない! それが若さだとしても!
幻聴さんが唐突にまた出てきやがった。
お前、筋肉の話題になると早口になるよな。
とかいったらどっかいってくれないだろうか。
僕はあまり人が傷つく言葉を吐きたいタイプじゃないけど、幻聴ならちょっといいよねって思う性格ではあったようだぞ。聞こえなくなるなら存分にいうぞ、僕は。新しく知りたくなかった自分の一面を知ってちょっぴり引いてるんだぞ僕は。
(汝、箸を持たずにダンベルを持て)
「やかましい!」
「あぁ!?」
「すみません違います! 気のせいですね! そうですよ!」
「……あ。うん」
やべぇ奴いるじゃんみたいな目で見られてしまった。ちょっと今時気合の入れ方間違えてんじゃねーのそれ風のにーちゃんが引くってよっぽどだからな!
それもこれも外で幻聴が話しかけたりなんかするからだ。
我ながらワードが強力すぎる。他人から見て、これは本気でヤベー奴なのでは?
やはり病院にいくべきだ。これ絶対いくべきだよ。お外歩いている時にセルライト発見して、自覚してロボット戦争思い浮かべて現実逃避しながらため息とかこぼしている場合じゃないよ。割と精神がピンチだよこれは。
コミュニケーションが苦手だとか、人が苦手だとかそういうレベルの云々の話じゃなよコレは。切実。これもう切実だから。
(セルライトは脂肪です。運動すれば大丈夫! ほぉら、筋肉で解決だ! 有酸素でもいい。しかし、筋肉を鍛えることをお勧めするぞ! では! リストカールのやり方を説明しよう!)
うるせぇ。話は進んでねぇんです。では! じゃねーんだよ。気合を入れるな。
思い浮かべても、実際うるせぇと口にしても反応が返ってこない。マジでやっかいな幻聴である。
いや、よく考えたら反応が返ってきても嫌だった。そこはごめん。
(まず、ダンベルを用意します)
持ってねぇよ!
さも持ってるのが当たり前みたいに言うのやめろや。自宅にダンベル常備してる家じゃねーんだよ。
(……!?)
え? 1キロとか軽い奴くらいはあるでしょ、みたいな戸惑いも見せるな。雰囲気でアピールするな。幻聴の雰囲気ってなんだよ。『え! 持ってないんですか!』的な、みんなの常識でしょみたいな風なのもやめろ。マイルールだから。それほとんどの場合がその界隈のルールでしかないから。
ああ、当たり前なんだろうさ。お前の頭の中で……いや、幻聴の頭の中って即ち俺になるのでは? それはいけない。だって、僕は正常……でもないのかなぁ。悲しいなぁ。
(じゃあジムに行けよ!)
なんで切れてんだ。
ていうか自分が都合良いと思った時だけ反応すんのやめてくれますか。戸惑いが大きい。
(ダンベルを買おう! まずは軽いのでいいぞ! 重みを調整できるやつも売ってるが、まぁ最初は握りやすさとか落としたときとか、床に置いて足をぶつけた時等も考えて、ラバーめいたやつでも全然オッケーさ!)
ラバーめいたってなんだよ。
『ラバー付いたやつ』とかでいいだろ。変な個性だそうとすんなよすでに個性の塊みたいな幻聴なんだから。
個性の塊みたいな幻聴ってパワーワードすぎない? 大丈夫? 僕大丈夫じゃなかったわ。だったら逆に問題ないな。
しかし、セルライトは消したいし幻聴も消したい。
それだけは切実な事実だ。特に後者は。前者はまぁ別にそこまでは。
(……買ったら解決するかもしれませんぜ、だんなぁ)
「うひっ!」
「……」
ぼそっと耳元で囁くようにいうのやめろ!
前方から来てる人が無言で道変えたじゃねぇか! 傷つきやすいガラスハートなめてんじゃねぇぞちくしょう。あとキャラ整えようよ。そのくらいはしようよ。
しかしそうか、少しでも消えるならってのもあるけど、興味がゼロってわけでもないし、ジムにはいく勇気もな――
「何故……ジムが目の前に?」
ふと、目を上げればそこには見覚えのないジムがあった。
そういえば、僕今日で書ける予定とかまったくなかった。どうして外に出たの?
なぜ僕は寝間着で平然と歩いていたの?
…………。
こっわ……怖っ。気付けば操作されている感あって怖っ。せめて着替えさせろとい怒りもあるけど、まず怖い。
なるべく早く病院に行かねばならない。
僕は今度こそ硬く決意した。
だって完全に危ない奴になりかけてる感ある。
自覚できるレベルであるのは本当にまずいから。
セルライトがあるとか目じゃないレベルで。
もちろん目の前にジムがあるからとひょいひょい行くわけもなく、僕はUターンして帰路につくのであった。
しかし――ここがどこかもわからない。
迷った。
帰るのには数時間を要した。金もないし、人に貸してくださいという勇気もなければ交番もなかったのだ。
い、良い運動になったよ……
あなたはその日、疲れからかゴミをポイ捨てしてしまった。
玄関を開け、スーツを着替えるて肩をぐるりと一回転。
関節の鳴る音に、一握りの爽快感とそれ以外のストレスというものを実感する。
日の終わりの楽しみか、それともただのルーチンに従ったものか、缶ビールでも飲もうと冷蔵庫に向かう。
型落ちで、扉が少し開くに硬い。
少し億劫さを覚えながら、いつものようにがばりと扉を開けて、確認もせずに手を突っ込めば――そこにビールの缶はなかった。
「……ぁいい!?」
思わず奇声を放つ。
反射的に扉を閉めて、己の手を見つめる。変化はない。
「え、何、怖い」
缶。そこにあるのは並べた缶ビールの群れだったはず。
視認していないからわからないが、明らかに手に残った感触は柔らかい生物めいたサムシング。
ごくり、とつばを飲み込みおそるおそる扉を再び開ける。
「おおぅ……ファンタスティック……」
そこにはマッスルがいた。
意味が分からない自分は、疲れから意味のわからない言葉でリアクションを取ってしまった。
筋肉の塊だった。
筋肉の塊が冷蔵庫を占拠している。
ミチミチと、治まり切らない筋肉で埋め尽くしていたのだ。俺の指が触れたのはおそらく――腹直筋。それは見事なシックスパック。
というか、頭はどこに……?
目の前にあるのは腹筋だ。
全体像を考えれば、かなり大柄であるわけだが、明らかに冷蔵庫に収まらないはずなのだ。
頭はどこだよ。
冷蔵庫に筋肉(体のみ)。
ばたんと再び閉める。
「……」
沈黙。
これ、捕まるやつなのでは?
と思う。
いや、疲れているだけなのでは?
と思う。
三度扉を開くと、とても爽やかな顔が歯を輝かせて笑顔を見せていた。あ、首の筋肉もいい感じっすね!
「なんでだよ!」
勢いよくしめた。
病院に行け、幻覚だ。
警察に連絡しろ、いろんな意味で事件だ。
二つの選択肢が己に迫ってきているのを感じる。
死んだような目になってもう一度あけると、そこには缶ビールの群れ。
ほっとする。
いや、実際のところそこまでほっとできてない。言い過ぎた。
でも、選択肢は狭まったんだ良い事だ。
病院に行こう、疲れているのだ。
少しだけ、つま先分くらいのさっぱり感でそう思う。お薬もらって養生しよう。そう決意したのだ。
そして缶ビールを取り出そうと手を伸ばすと、缶ビールの影からミニマムサイズとなったマッチョが良い笑顔でサイドチェストのポーズのまま滑るようにスススと姿を現したのだった。
目を覚ます。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
物凄い悪夢らしき何かを見た。いや、悪夢は悪夢でいいと思う。
さすがにあの状態で、ナイスバルク! と褒める精神を自分は持っていなかった。
ふぅ、とため息をつき起き上がる。
ころり、と何かが転がった。
昼間道に置いていってしまったペットボトルだった。
何故ここに、と思った。
ポイ捨ての祟りだろうか、と思った。
いや、ポイ捨ての祟りがマッチョの夢を見るってなんやねんと思った。
いや怖い、怖っわぁ、下手ホラーより得も言われぬ恐怖があるわぁ……と思った。
よく見ると、パッケージは昼間捨てていったものだとわかるが、呑み切って捨てたはずのそれには、何か液体が入っている。
おそるおそる開けてみる。
飲もうとしたわけではないが、何が入っているのかどうしても気になったのだ。
どこかで嗅いだことのあるにおい。
最近どこかで……記憶を手繰っていく。
しばらくそのまま記憶を手繰り寄せていると、思い出した。
これは知り合いが最近飲んでいる解いたものによくよく似ている。
そう……これは……プロテインだ!
「なんだその筋肉押し!」
思わず、自分はそのペットボトルを投げ捨てた。
後々調べると、自分がペットボトルをポイ捨てした場所にはもともと人気だったジムがあったのだという。
いや、なんの関連性が……?
もやもやだけが残った。
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ノーモアポイ捨て!(まとめ
腹筋周りの脂肪がまるで落ちない苛立ちがあるのだ。
そっと落ちるように囁く声
ずっと沈み込むように、ヘドロのようにこびりつく記憶に。
日々の出来事に。
打ちのめされるでもなく、頭を押さえられて無理やり溺れさせられているような気分でいた。
そんな、落ち込む僕の脳内に、唐突に姿なき声が響いた。
(筋肉)
驚愕した。
何にって、まず脳内に声が聞こえることもそうだけれど、その内容が一言『筋肉』だけだかったからだ。そしてなにより、その一言はまるで赤子を抱きかかえるような慈しみにあふれ声だったのだ。
筋肉に慈愛を持っている。
間違いがなかった。
なんだそれ。なんやねん。なんでだ。もうちょっとなんかあるやろ。
僕は脳内で届くことはないだろう、いまだかつてない渾身のツッコミを入れた。
どうしようもなく、裏拳でツッコミを入れたかったのだ。
もう全力前進、一意専心、全ての力を手の甲に込めて。
鉄を穿つような一撃で、「なんで筋肉だ!」というツッコミを入れてやりたかったのだ。
渾身のジョークをかまされたのだ。
そう思い込みたかったのだ。
――その声に、遊びは一切感じられなかったというのに。
愚かにも僕は、筋肉という囁きを受け入れることはできなかった。
(筋肉はいいぞ!)
戸惑う僕に対する遠慮などあるわけもないということか、囁き声は続いた。
幻聴に筋肉トークを始められる現実がそこにはあった。
病院に行こう。
僕は決心を固めつつあった。
(悩んだら筋肉だ。悩まなくとも筋肉だ! 筋肉は全てを解決してはくれないが、全てにそっと寄り添ってくれるパートナーなんだ!)
病んだのだ。思いのほかそうだったのだ。
確信した。
僕は病んでいる。
ネット上の筋肉にまつわる動画なんてぼーっと眺めていたことが原因なのかもしれないな、とふと虚ろな目をして思った。
自分は、自分が思うよりもちょっと脳内に深刻なダメージを受けていたのだ。絶対。きっと。多分。そうであれ。
(体力がない? 大丈夫! 筋肉をつければ解決だ! 筋トレをする筋肉がない? 大丈夫! 筋肉をつければいいんだ!)
シナプスとかニューロンとか、知らないけどもっとしっかりしろ。
もう別方面につっこみを入れるしかなかった。自分の脳内で聞こえるそれともはやかかわりを持ちたくもない。
それしか、僕には術が残されていなかったのだ。
(ジムにいって馬鹿にされるのが嫌だ? じろじろ見られることに耐えられるメンタルがない? 大丈夫! いうほど他人は君に興味なんかないし、見ているとしても大体が「あれがどう育つか」とかその辺だ!)
誰もジムに行きたいなどと口に出すどころか思考の端っこにも出していない。
こいつはいったい誰と会話をしているんだ? 一方的なストーカーを見た時のような不気味さと恐怖をそこに見る。
幻聴にしたってもうちょっとそのあたりの整合性は気にしてほしいと思った。そんなことで幻聴の世界で生きていけるのかと心配になるほどだ。幻聴の世界ってなんだよ。むしろ幻聴だからこそ一方的で問題ないだろ。
(ウェイトができない、ジムにいけない。大丈夫だ! 君には体がある! 筋肉は君を差別しない! 大きくなるスピードに差がでるかもしれないけれど、筋肉は決して君をせかしたりしないんだ。ジムにいけないなら、そう! 自重だね!)
――さぁ! 病院を探そう!
かつてない勢いと決断を僕はした。
そして、落ち込んでていてもいいから少しでも筋力をつけよう!
幻聴が聞こえなくなるくらいには!
そう思えた。
というかもうこの幻聴を聞きたくなかった。筋肉鍛えりゃ消えるやろ、はよ消えろ。
でしかなかった。
自分のほほが冷たいことに気が付く。
気付けば涙が流れていた。
きっとそれは、『幻聴にしたってもっとなんかあったろ』っていう自分に対する悲しみの涙だった……
強制ダンジョン5
これが書きたかったんだっけ? 病によくかかる。
答えはいつも「違う」にしかならないから、考える必要がないのだ。
考え過ぎると書けなくなる、なんてことはもう何度も繰り返しているのだから、いい加減学ぶべきだ。
それでも、別の方向から結局身動きを自分で取れなくするから書ける量が減っていくわけである。
現実に強化の書みたいなアイテムで+1強化値がつけばいいのにと思っても、実際道端でそんなのが落ちていたらとても不信である。
ではドロップアイテムでは?
まずモンスターがいねぇーよ。
いたらいたで違う問題になるよ。
である。
くじけぬこころ
は道具で手に入れられないらしい。
自己啓発本にそこまでの力はない。
性格をがらりと変えるような強い道具はむしろ怪しい扱いされる。
だれか【こういう性格に一発でなれる本】みたいなの発売してくれないだろうか。
効果が高ければ高いほどに絶対すぐ発禁になるだろうけど。
やりたいというわかりやすい気持ちをどうにか捻じ曲がって別のものにしないための方法を探している。
探しているけど、どうにも周りは掘った穴ばかりが残っている。困る。躓いてコケるから。
強制ダンジョン4
三人称と一人称どちらがいいのかと考える。
どちらが書きやすいのかとも考える。
もちろんどちらにもメリットデメリットはある。
三人称がやたら難しく感じるときもあるし、
一人称を書いていて不自然さを覚えてしまう時もよくある。
とにかく書き進めることができるという点が大事だ。
書き進められるようになってから悩めという。
といってすぐに切り替えられるならながなが書けない状態になってなかったわけである。
文章力が日に日に落ちていく錯覚を受ける。
いや、他人から見りゃ大したことないし、上がり下がりもどんぐりの背比べであることもわかってはいるのだ。
ただわかっているだけ。
精神は自由がきかない。
自由が利くようになればどれほど生きやすくなるのかと、文に関係ないところでもよく思う。
ずっと迷走し続けている感覚でも、とにかく文だけででも走ってみている。
もう転びそう。