溶ける寸前の雪だるま

溶けきるまでの日々。ネタのような雑記のような創作のような文章を垂れ流しているブログ。

小さなことでも喜びたいという人の器はでかいのか小さいのか。

 

物凄い小さなことなのだが、どうしてもイラッと来るような事というのはあるものである。

 

しかし、誰しもある事であってもそういうことをいうとえてして現れるのが

 

器が小さいw

 

などという煽りである。

 

ぶぃぃぃぃぃwwwwwwぶぃぃぃwwwwww言葉のwww煽り運転wwww

何だお前捕まれこの野郎。

 

器。

器?

見えぬものを大きい小さいという以前に器と断言するはこれいかに。貴様には何が見えているのだ。どういう器だ。色はなんだ。伊万里焼か。鑑定に出せ。

 

ともあれ、すぐ苛立ちにより堪忍袋の緒をぶっちぶちにしちゃうのを器が小さい等とよく聞くものだが。

堪忍袋の緒。

 

緒?

 

緒。

 

袋……

 

袋?

 

うつ……袋?

 

何?

 

どういうことなの?

堪忍袋からきたならキレることや苛立ちを表に表すほど見受けられることに対していうなら緒が脆いとか、袋が小さいとかなんじゃないのか。

いやなんでばらばらなんじゃそこ。

どうなってんねや。

規格どうなってんのや!!!!!

おう!!!!!

 

堪忍袋が破裂してしまったようで。

ところで堪忍袋は堪忍でできていて、その袋の中身が緒が切れたことで飛び出すみたいな事だと思うのだが、中身出たら怒り等といったものは飛び出して希望が残るのではなかろうか。

というか、袋が小さい、器が小さいというのであれば、その怒りや苛立ちは短いはずなのではなかろうか。

短期的に噴火しては鎮火していなければおかしいではないか。

なんかそういうのって持続してる風ではないか。

中身空っぽで夢詰め込めるのではないのか。

ところで大食いの人は水を入れたりして胃袋を膨らますときいたことがあるのだが、堪忍袋は苛立ちを破裂するほど詰め込んでるのになぜ大きくならないのか。

 

つまり、器も袋も緒も間違いなのではないか。

 

そう、全ては電子の仕組みに騙された世界の出来事だっただ。

我々にそういったものはなく、与えられた変数に耐えうる数字しか格納することはできないのだ。

そうすべては電脳(以下略)

 

いやなんていうことはない。

ただ例の呟く系SNSの仕様変更が小さい事なんだがイラッとするというだけの話だった。

ただそれだけの話だったのだ。

電脳世界とかどうでもよかった。

仕様モドシテ……