溶ける寸前の雪だるま

溶けきるまでの日々。ネタのような雑記のような創作のような文章を垂れ流しているブログ。

中身がハムと卵だというフェイントだってありうる

 

人間がもしある日シュークリームになったら世界は平和になるだろうか。

カスタード。

チョコレートクリーム。

生クリーム。

 

なるほど。

確かに甘い。

世界が甘さに包まれたなら、少しだけ優しい世界になりうるのだと思える部分は確かにある。

しかし、その甘さは自己申告制だ。

 

自分の中身はカスタードである。

 

と申告する誰かの見た目は皮に包まれている。

中身は割らねば見えない。

なんかオシャレ系の中身ががっつり見えてるシュークリームではないからだ。

人間がシュークリームと化している以上、中身とは内臓的なサムシングである。

割などしたら終わってしまう。

甘いと自称するシュークリーマンにそれはできぬことだろう。

甘さ的にも、それを自称しているもの的にも。

ていうかシュークリーマンてなんだよ。シュークリーム的人類だよ。解決。

いや解決はしてない。

 

皮に包まれて中身が見えぬなら、誰しも言いたい放題だ。

だとすれば今と何がそれほど違いがあろうかという事にもなる。

正直に中身を申告しているものが食い物にされるのだって同じだ。シュークリームだけに、おいしく頂かれてしまう事だろう。

 

シュークリームのような甘さを持つものになれる魔法があっても、世界は争いごとがなくなるという現実を実現しない。

 

じゃあカスタードになればいいんだ!

 

という発想にもなれば、境界がなくなって自己崩壊するのだ。

そも、甘い、しかない世界では甘いという落差はなくなってしまう。

人間にとって、甘さだけであることに救いはないという証明なのかもしれない。

だって甘いもの食い続けたら太るから。そら辛ぇでしょ。甘いのに。

 

(動物に食われて争っている余裕はない)

(いや、というかシュークリームは移動できないのでは)

 

というか人間がシュークリームになったらもうそれは事件というかホラーじゃん。

ゾンビより絶望がくるじゃん。

甘さとか言ってる暇ないじゃん。

体は甘いかもしれないけど、生きていく難易度高すぎて味感じる余裕もなくなるよ。

 

そもそも外敵の影響なく動けるとしても腐って1年以内には絶滅する……あれ? 平和になった?(危険思考的極論)