溶ける寸前の雪だるま

溶けきるまでの日々。ネタのような雑記のような創作のような文章を垂れ流しているブログ。

転がり上手は怪我しにくいからうけみでもいいという理論だ

 

正直に生きるのだよ。

 

みたいに教育されるのに、成長したら

 

疑いを知らないものは馬鹿だ。

 

みたいなノリの社会に放り出すのって、言葉だけだとほんと性格悪いよなって思いますね。

 

え? 逆じゃん。

 

っていう。

 

疑わしきは罰せずなんやで……

 

のはずなのに

 

バンバンなんか状況で連れていかれてるやん。

 

みたいなのが多かったりもする。

 

本音と建て前。

 

というやつであるか。あるのか? あっちゃダメなんじゃないのか。

それともただただ現在の流れが悪いだけなのか。

川が堰き止められておかしなことなっとんで! ってことなのか。

聞いてた話と違う。でも教育期間はクーリングオフできない。

 

道徳の時間。

って今聞くと凄い響きだなぁと思う。

 

良心あることをとくような時間を良心の呵責を感じないような人がといてたりするんやぞ。すごない?

教育者は決して聖人ではない。少なくとも、ほとんどが教師に限らず多く子供を前にして説教できるほど位なんぞ高くないのだ。また必ずしもそうである必要もない。

というよりも

道徳を説きます

というほど道徳とは何かを知ってないだろう。人間、全体的に。

というかそれを知ってて他人に伝えられるんなら学校で教師とか塾で講師やってる場合と違うと思うわ。

 

道徳の時間なのに。

 

道徳の時間とは(哲学)

 

という目的だったのかもしれないとまで思うのは考え過ぎである。

反面教師。先生だからと教師だからと全ての人間がどこに出しても恥ずかしくないほどの聖人でいなければならない、ということもないだろう。そも、清廉潔白が教え上手とも限らんしな。

 

関係ないけど反面教師って言葉聞いたときにじゃあ全面教師は? て思ったりしなかった? 裏面教師とか表面教師とかいるかもしれない、阿修羅じゃん! とか思わなかった? 思わなかったか。そうかー。

 

それはともかく。

 

素直に聞いてきたやつが結果後々損するのって見てるといたたまれないというか、なんか違うよなってなるよなって。

もちろん、正直もんが損するようなことする奴が一番悪いんだけど。

 

何が言いたいかっていうと

教科書って強化書ってかけばなんか強そう!

ってことよ。

無理筋か。さすがにてきとうすぎるか。