実際は目でも口でも意図してないことばかり伝わりがち
目は口ほどにものをいう。
口に出さなくても目と目で通じ合うよ!
(てめぇ黙ってても目ぇみりゃわかるんだぞ?)
ということである。
目がいう口ほどのものをふせぐことができなかったら超うるさくね?
と思ったのだ。
口は黙ればうるさくない。
なにせ言葉は発されない。音は振動を伝えない。あなたの心は震えない。いや、喋ったところで震えないかもしれないけど。今はそういうことじゃないから(震)セルフで震えることは可能という事です。
でも目って黙れないじゃないですか。
瞳を閉じて何かを描くことにも限界はあるじゃないですか。
視覚情報はでかい。
じゃあものをいうものの数もでかくておかしくないわけじゃないですか。
というかなにで伝わってるの。
耳なの?
目なの?
比喩的には目だけど
目で見ることで伝わるけど口ほど言ってるんだから耳から伝わってきてもおかしくはない(?)のだ。
でも目からも伝わってくることが強制されれば耳をふさいだところで防げない。
やだ、目の鼓膜(?)破れちゃう。
目がうるさいという新感覚。
最初は新感覚かもしれないがすぐに迷惑感覚。
そんな目がものをいう世界で目を見ながら喋ったら多分碌な会話にならない。
全部喋りかけてくるから。
いや、Nランクの聖徳太子でもないんで、一こでもきついんで。
情報過多の現代。
我々は情報の取捨選択が求められている。
そのことを目がいう口ほどの言葉を強制的に知らせてくる世界という存在は教えてくれるのだ。
そんな世界ねーよ。
何言ってんだ。